• 研究開発コラム

肝臓ヒト化マウスの歴史 第4話

ジェノミクス事業部 春名享子

肝臓ヒト化マウスの歴史 第3話では血液凝固障害を持ち生後まもなく死亡するトランスジェニックマウスの中で生き残る系統の発見とその生き残りのメカニズム、またこれらマウスの系統樹立についてお話してきました。そこでは、生き残ったトランスジェニックマウスに観察される肝臓の変化を外的所見と肝臓での遺伝子発現にアプローチすることで、トランスジーンにより障害を持った肝臓細胞の中からトランスジーンを欠失した正常な機能を持つ細胞が出現、増殖することにより生存能を獲得した過程が明らかとなりました。

元来、肝臓は再生能力という成体の中で独特な機能をもつ体組織のひとつです。肝臓は一部切除しても再生し、その成体を生かす機能をもたせる段階まで増殖して回復します。肝移植が成立するのはそういった肝臓の機能のおかげです。しかし肝臓が一部の組織を失った後、無限に増殖するのかというとそうでもありません。そこで、内因性機能障害をもった肝臓の中に現れた正常な機能をもった肝細胞がどのように、またどれくらい増殖するのかを追って調べたのが前回の論文を執筆した著者らの続編、今回紹介する論文は『Rhim, J. A., Sandgren, E. P., Degen, J. L., Palmiter, R. D. & Brinster, R. L. (1994) Science 263, 1149-1152.』です。

幹細胞か?肝細胞か?

 先に述べたように、肝細胞は切り取って一部を失っても肝細胞の分裂によって回復します。ラットの肝臓を3分の2切り取った実験では、切除後の肝質量を回復するのに肝細胞の分裂は12回しか必要としなかったので、肝細胞がどれほどの再生能力を持っているかははっきりしませんでした。

 著者らはアルブミン-ウロキナーゼ(Alb-uPA)トランスジェニックマウスを用いて機能的に欠陥のある肝臓を作り出したことで慢性的に肝細胞の増殖が刺激され、ある確率で有害な導入遺伝子を欠失させた正常な機能をもつ肝細胞が選択的に増殖する状況がマウス肝臓の中で作り出されました。前回のコラムにもあったように正常な機能をもつ肝細胞は結節(周囲と性質が異なる塊)を形成します。トランスジーンを有する肝細胞は肝臓にとって有害なので、これが欠失した肝細胞はどんどん増殖し、812週齢にはトランスジーン欠失肝細胞に置き換わります。これらの肝臓の再生結節が正常な機能をもつ肝細胞で構成されていることから、成熟した肝細胞は複製能力をもっていると想像できます。しかし、これらの結節が成熟した肝細胞の分裂ではなく、もしかしたら胎児期や生後まもなくの複製能力の高い未分化細胞(幹細胞)の分裂による可能性もあるかもしれません。そこで成体に限定した肝細胞の複製能力を調べるために、成体マウスの肝臓から取り出した細胞をAlb-uPAトランスジェニックマウスに移植してみました。

細胞に目印をつける 

成体マウスの肝細胞を移植するとはいえ、単なる正常なマウスの肝細胞では増殖した細胞の動態を追うことは手軽に見えるものではないので困難です。Alb-uPAトランスジェニックマウスの肝臓もある確率でトランスジーンを欠失した正常な機能をもった肝細胞が増殖するので、移植した肝細胞と見分けがつかなくなります。移植した肝細胞と元々ある肝細胞を私たちが区別できるような工夫をする必要があります。そこで、あらかじめ目印のついた肝細胞(ドナー細胞)を移植することを考えました(図1)。

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 目印としては目的別で2種類のトランスジェニックマウスの肝細胞を準備しました。まず、一つめのドナー細胞はEL-mycトランスジェニックマウスの肝細胞を用いました。このトランスジェニックマウスには通常マウスが持たないラットのプロモーター配列を持ち、これが細胞あたり9コピー存在することがわかっていました。つまり、Alb-uPAトランスジェニックマウス肝臓内(レシピエント肝臓内)でのドナー細胞のDNAの検出が簡単にできます。ひとつひとつの細胞の中にDNAが含まれているので、レシピエント肝細胞とドナー肝細胞の混じり合った細胞集団の中に目印のついたDNAが入っているかどうか、ドナー細胞がレシピエント肝臓内でどのくらい増えたかがわかるということです。

 二つめはMT-lacZトランスジェニックマウスの肝細胞です。このトランスジェニックマウスの導入遺伝子のタンパク質産物は重金属イオン(ここではカドミウム)を投与したときに肝臓内の細胞核にガラクトシダーゼ活性が誘導されます。この仕掛けによってドナー細胞を選択的に青く可視化することで移植した細胞がどのように増殖、分布しているかを知ることができます。

 一つめのドナー細胞の移植実験では、EL-mycトランスジェニックマウスから単離した肝細胞104個を、511日齢のAlb-uPAレシピエントに移植しました。Alb-uPAトランスジェニックマウスの肝臓の再生刺激はトランスジーンが発現する肝臓が残っている生後68週間続きます。このときまでが肝細胞の再生能力が一番盛んであるといえるので移植時期は生後2週間以内が適切なタイミングと考えられます。移植して46週間後、レシピエントの肝臓を取り出し、PCRとサザンブロッティングを実施しました。成体のEL-myc肝細胞を移植された6匹のレシピエントマウスはすべてドナー細胞が検出され、いくつかのサンプルでは半分以上の細胞がドナー由来であることも示されました。また、移植したドナー細胞の数以上の細胞が含まれていることも確認できました。これがレシピエント肝臓内でドナー細胞が増殖しているのは間違いないという証拠になります。

 二つめの移植実験では、MT-lacZトランスジェニックマウス肝細胞をドナー細胞として10日齢のAlb-uPAレシピエントに移植しました。移植後4〜5週目にカドミウムを投与し、酵素活性を誘導した後取り出した肝臓に基質を加えて染色しました。取り出した肝臓は青く染色されており、顕微鏡観察でも均一な大きさの青色細胞が確認できました。肝臓全体の80%に及ぶ広範囲で青く染まった肝臓もあったことから、一つめのEl-mycトランスジェニックマウス肝細胞の移植実験と同様、MT-lacZ肝細胞(ドナー細胞)が大幅に増殖していることが示されました。キメラ肝臓の移植されたドナー細胞の方は結節状であり、均一な大きさをしているのに対して、レシピエント内に元々あった肝細胞の結節は大きさにばらつきが見られていました(図2)。これは、元々の肝細胞はAlb-uPAトランスジェニックマウスの導入遺伝子を失った細胞であり、増殖のタイミングがバラバラであったり、前駆細胞の成長能力が結節によって異なるためだと考えられています。また、機能的に正常なドナー細胞は著しく増殖し、レシピエント由来のトランスジーンを発現している細胞を押しのける形で肝臓内で勢力を拡大している様子がよくわかりました。

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 さらに、青い結節の体積と青い細胞の体積を比較することで結節を構成する細胞数がわかります。図2にみられるような肝臓の青い結節部分を実際に計測し、結節の直径の平均が0.58mmであったのでその体積は0.102 mm3ということになります(表1に計算式)。一方、青い細胞の直径の平均は0.03 mmであり、その体積は0.000014 mm3です。ここから平均的な結節に含まれる青い細胞の数は結節全体の体積を青い細胞の体積で割った0.102÷0.000014=7285≒7300個に相当します。7300個の細胞を得るために必要な細胞倍加数は2のべき乗を記した表2からn=12から13くらいの回数ということになります。

表1 肝臓に関連するサイズや数

直径 mm 体積 mm3 細胞数 重量 g
幹細胞 0.030 0.000014
結節 0.580 0.102 7,286
肝臓 830 59,285,714 0.830

肝臓内の最大結節数:肝臓の体積/結節の体積=830/0.102=8,137
肝臓内の細胞数  :肝臓の体積/幹細胞の体積=830/0.000014=59,285,714
球の体積の公式  :V=4/3πr3 ( r=半径 )

 計算の結果、移植したドナー細胞はレシピエントマウスから肝臓を取り出すまでに内在性の肝細胞と同数の分裂回数を経て肝臓内で広範囲に増殖していたようです。各結節の出発は移植した肝細胞1個から由来すると仮定すると、ドナー肝細胞は少なくとも12-13回分裂していることがわかりました(表2参照)。

 また、6週齢のAlb-uPA/MT-lacZキメラ肝臓の平均質量は約0.83g、体積は約830mm3です。上記のように計算すると、完全にMT-lacZ肝細胞に置換された肝臓の青い結節の数は肝臓全体の体積を平均結節の体積で割った830÷0.102=8137≒8100個ということになり、例えば70%置換された肝臓では青い結節の数は8100×0.7=5700ということになります。

表2 2n
表2.png

 ちなみにたった1個の肝細胞から肝臓を再構成するためには28回の細胞分裂が必要ですので(論文ではこの根拠は示されていませんが、肝臓の細胞数が表1から59,285,714ですので表2の表を見ると26回の分裂で67,108,864になりますので26回でいいのではと思います)これ以上に肝細胞がどんどん増え続ける事態になればいわゆる悪性腫瘍(癌細胞)と同じで、レシピエントマウスにとっては都合の悪い細胞増殖になってしまいます。しかし、ドナー肝細胞を移植したマウスとコントロールとしたマウスの体重は移植後6週間までに違いはなく、キメラ肝臓は肉眼的な肥大も見られず、6ヶ月経った後も腫瘍が観察されることはありませんでした。このことは移植したドナー肝細胞が必要以上に増え続けることなくレシピエントマウス肝臓の中での増殖が適切にコントロールされているといえます。

 これは、前回のコラムでも触れていたように、同じマウスの肝臓の中で形質転換を起こした肝細胞が自身の肝臓を再生するように、導入した他のマウスの肝細胞に対しても肝臓の増殖のシグナルと再生完了のシグナルのやり取りが成されていることに他なりません。

キメラ肝臓の働きはどうか

 肝細胞が増殖して見た目が肝臓の形状になったとしてもそれが肝臓としての機能を果たしているかどうかは別問題なので、このような肝臓がきちんと肝臓として働いているのかどうかを確かめるためにキメラ肝臓の肝機能を測定する実験もおこないました。

 ひとつはアルブミン値、総タンパク質、ビリルビンの血中濃度を対照マウスと比較しました。もうひとつは肝質量が減少した後の肝細胞の分裂の頻度を測定しました(分裂指数の測定)。やり方ですが、MT-lacZ肝細胞を移植して7週間後のAlb-uPAトランスジェニックマウスのキメラ肝臓を3分の2切除し、マウス肝臓の分裂活性がピークに達する44時間後の分裂指数を測定するというものです。その結果、対照とした非トランスジェニック肝臓と比較してキメラ肝臓の方がより高い数値を示しました。これはAlb-uPAトランスジェニックマウスが自身の肝臓内でトランスジーンを消失する細胞が増える過程での再生能力を反映したものと考察しています。

少しの細胞があれば元の大きさの肝臓に

 レシピエント肝臓中のMT-lacZ肝細胞由来の青い結節の数とマウスに注入した肝細胞の数を比較することでドナー細胞集団中の実際に増殖した細胞の割合を推定することができます。12匹のマウスで調べた結果、注入細胞数の0.37.6%程度ということがわかりました。例えば、あるマウスでは120,000個の肝細胞を移植して400個の結節(0.3%)ができ、別のマウスでは75,000個を移植して5,700個(7.6%)の結節ができました。

 肝臓は実質細胞(肝細胞)と非実質細胞(星細胞、類洞内皮細胞、胆管上皮細胞、クッパー細胞、中皮細胞など)という多種類の細胞群から構成されていて、注入したドナー細胞の中にはこれらすべてが含まれています。そして実際に増殖能をもつのは実質細胞です。この増殖能をもつ実質細胞(肝細胞)は、胎児期や生後まもなくの未成熟の個体ではなく成体マウス由来のものであるので、0.37.6%という割合は、移植した細胞が無限の自己複製能と多種類の細胞への分化能をもつ幹細胞由来ではないことを示唆します。なぜなら幹細胞の頻度は通常もっと低い頻度で存在するからです(ちなみに骨髄における血液幹細胞の頻度は1/4000=0.00025=0.025%のようです)。それよりも自己複製能と分化能が限られている肝細胞がその祖先であると考えた方が説明はつきやすいです。

 また、実際のドナー細胞の移植はレシピエント肝臓に直接肝細胞を注入するのではなく、脾臓に注入し肝門脈を通じて肝臓に到達した細胞なので、肝臓にたどり着いて生着できた細胞の数は注入細胞のさらに少ない数であると予想されます。別の実験でも移植した肝臓の播種効率を調べていますが、前駆細胞といわれる増殖能を持つ肝細胞は、ドナー細胞集団の中のもっと多くの割合で含まれているものと思われます。

 今回の論文では、Alb-uPAトランスジェニックマウス自身の形質転換細胞ではなく、別のマウスの肝細胞を移植することによってAlb-uPAトランスジェニックマウスの肝細胞の大部分を置換することができたことを明らかにしました。加えて成体の肝細胞に実質的な複製能力があることも証明できました。この移植が成功するかどうかは移植した細胞が移植された組織の内部環境で生存、増殖できるかにかかっています。レシピエントであるAlb-uPAトランスジェニックマウスの肝細胞はドナー細胞に比べて機能欠損のために圧倒的に肝再生能力、増殖能力において不利であるため、ドナー細胞集団が拡大するために好条件になっていました。しかもレシピエント肝臓の内部環境がドナー細胞集団の増殖も促し、適切にコントロールされて肝臓組織を再構築できることもわかったわけです。これを利用すればドナー動物に目印をつける工夫をしたように、特徴の異なる肝臓を移植してその肝臓の再生能力をはじめ肝臓機能を調べることが可能になります。もっと踏み込んで、肝臓が機能するならば免疫応答の壁さえ越えれば同種の動物の肝臓でなくても肝移植が成立するのでは・・・、この可能性を探るべく著者らはこの肝移植実験をマウス同士(同種動物間)ではなくマウス以外(異種動物間)で実施するという次の段階へ移行していきます。次回はいよいよ肝臓ヒト化マウス作製への大きな一歩となる論文をご紹介します。